Colorful Days

様々な事に興味がある筆者の日々

たーきーの経歴を紹介するよ!

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急にですが経歴を発表します。

 

他のブロガーさんもやっていて見てて純粋に面白かったから。

なので参考にさせていただく礼としてリンク張らせていただきやす!

www.aoku-sumitoru.com

 

さて、たーきーの経歴を覚えている限りで発表! ぱちぱちぱち

 

 

幼少期

これぐらい遡っちゃうとよくわからないですねぇ

だったら書くなよ! って感じですが、頑張って思い出しながら書くのでまずは読んでください。

 

活発でも大人しくもない、普通の男の子でした。

友達も普通、なにも面白い要素はない時代でした。

 

よく眠れないときは保育園の先生が隣で寝てくれるという甘え上手な子供でした。

 

寝静まったふりをして、ドラクエ3のルイーダの酒場で誰を仲間にしようかということを考えるのが趣味でした。

保育園でドラクエ? って感じですが、親とか親戚が置いていったゲーム機をちょこっと触ったりしていただけです。なので保育園の時はまだルイーダに会ったり、王様と会ったりはしましたが、スライムには会っていませんでした。

 

僕の初恋はおそらくこの保育園でした。マセガキですねw

仲の良かった女の子と一緒に遊んでいた記憶は今でも忘れません。

高校までなんだかんだで一緒だったんですが、アニメのような素敵な話にはなっていません。小学校ぐらいからは何故か一切喋ることはなかったぐらいです。

 

小学校

小学校の時はゲームが本当に大好きでした。

親からのプレゼントは基本ゲーム。

サンタさんを信じていた僕は毎回、サンタさんから何が欲しいかっていう話をしていました。

時には、ばあちゃんの職場に何故かサンタさんが来るから、たーきーの欲しいものを伝えておいてあげるよという伝言形式の時もありましたw

今となってはなかなかいいシステムだなと思いますw

ですが、サンタさんも時々間違えたプレゼントや、親へ伝言謝罪を残すことがあります。その時は希望と違うゲームだったりもしました。

 

ですが、がんばれゴエモンからくり道中など、のちに名作と呼ばれるゲームももらっていました。まるで本当はこっちのほうが面白いよとでも言ってるような感じでしたね。

最初はぶーぶー言っておきながらめちゃハマる。これは2回ぐらいはあったと思います。

 

また、ドラクエにハマっていました。

ドラクエ博士とも呼ばれたりしていたくらいです。

自主的に図工? を行い武器や防具を作っていました。

また、草藪に入って戦闘ごっこもよくやっていました。

 

中学年になるころから野球に目覚めましたが、小さな小学校だったためサッカー部はあっても野球部はありませんでした。

早く中学校に進学して野球部に入りたいと思っていました。

当時のスター選手はイチローや松井であり、憧れの守備位置は外野で、ピッチャーなどの花形ポジションより当時は憧れていました。

部としての活動はありませんでしたが、野球が好きな友達とキャッチボールや、軽く野球をやったりしました。特に平らな平地を保たなくてはいけないゲートボール場で野球をしまくって荒らした結果校長室まで行ったのは今でもいい思い出です。

 

おじいちゃんおばあちゃんごめん!

 

中学校

中学といえば、部活、インターネット、恋の三拍子でした。

 

部活は野球ができることが喜びでした。が、僕はあまり運動神経が良いほうではなく、小学校の時にサッカーでも良いからやっておくんだったなと後悔するほどでした。

小学校からスポーツをやっていた人は呑み込みが良かったり、基礎体力があったりと僕にはなかなか追いつくことはできませんでした。

 

そしてインターネット。

これは家がダイヤルアップ回線なのにもかかわらず、あっちなサイトを見たおかげでダイヤルQ2に接続され、莫大な請求となり、親に激怒をされました。

もちろん履歴の消し方とか知らないわけで、通信費が高くなった理由は親にモロバレで思春期真っただ中の僕には本当に地獄でした。

 

また、この時は『チャット』というのが流行っていました。

親戚から教えてもらい、チャットの凄さに感動しました。

今となっちゃ当たり前の機能や、システムかもしれませんが、リアルタイムにそのサイトで見知らぬ人たちと会話ができることに非常に感動しました。

「こん」とか謎の略語とかを知らないとダサいなと感じてしまうほど、初心者と上級者? との差がすごかったです。

ちなみに「こん」は「こんにちわ」の略語です。

また、「落ちる」=「ログアウトする」などの略語もありました。

 

チャットが僕の中には最大のブームとなり、時代はADSLに移行していましたが、僕の家はダイヤルアップのままで料金が高くなってしまいます。

 

そのため、節約をしながらチャットを行うために、漫画喫茶に行ったり、PCの体験コーナーでチャットをしたりしました。

また、仲良くなった人とメル友になったりもしました。

純情な中学生のため、出会うは会うというところもで至りませんでした。

そっちの学校はどう? とか、部活どう? とか、そんな進展のしないような会話ばかりしていたのを思い出します。

 

そして、恋に多感な時期でした。

今となっちゃ小学校から恋人? がいたりするようですが、中学校に行ったら彼女作りたいとかノリで言っちゃってました。

入学早々そんなこと言ってたもんだからキモイ扱いをされました。本心ではみんなそう思っていたはずなのにキモイ扱いを受けるという心に傷を付けられる一年間となりました。

二年に上がるころにはA君とBさんが付き合ったとかいう話が飛び交うようになり、去年のキモイ扱いは一体何だったんだよ!! って本気で思いました。

 

高校

高校に行ったら野球はやめようと思っていました。

何故かというと軟式から硬式に変更となり、めちゃくちゃ当たると痛いからです。

どれぐらい痛いかというと、石ころに皮を巻いただけみたいなもんです。あれを使ってスポーツをしているので、正気の沙汰ではないと思います。

 

部活動紹介で陸上部にちょこっと引かれて体験入部しました。

隣のグラウンドには野球部がおり、なんで、たーきー陸上いってんだよ! って散々言われましたが、当時は高橋尚子フィーバー状態だったこともあり、長距離で走る喜びを! と思い入部までしました。が、あまりにもゆるゆるな部活動環境ということもあり、すぐに僕はサボるようになりました。

夏休みは別な高校に行った友達と遊んだりしていましたが、もういちど野球をやりたいな…という思いがどこかにありました。

 

そんなある日、ベッドで横になりながら漫画を読んでいたら、親父が突然入ってきて「野球やりたいんだろ!? 今から練習参加するぞ!」と言って僕を体操着に着替えさせ、車で学校へ。

なかなか強引に連れられて行かれましたが、あの思いっきりがなければもう野球をやることはなかったでしょう。結局陸上は全然続かなかったですが、野球は下手なりに好きだったので、結果中学、高校と野球をすることができました。

 

高校も三年に上がることにはだんだんオシャレに目覚めてきて、服や髪形などを気にするようになりました。やっぱりただの丸刈りじゃかっこわりいかなって思い、ラインなどを入れるようなタイプではない、おしゃれ坊主を楽しんだりもしました。

帽子をかぶるのでおしゃれ坊主にするのはバレにくかったです。

 

オシャレに多感になり、かつ、生涯続けられる仕事、手に職を付けたいと思い、美容学校を目指すことにしました。

 

美容師と理容師を選択できる学校だったのですが、どうせやることはほとんど一緒だし、だったら顔そりができる方がいいよね! ってことで理容師志望で専門学校に進むことにしました。

 

専門学校

美容系の専門学校に通っているというステータスを持つだけでモテル! とどこかで思っていましたがそうでもありませんでした。

 

けれど、どこの学校? って聞かれたときに美容系だよ! っていうのはやはり得意げだったと思いますw

 

理容系の学校はやはり個性豊かな人が多かったです。どうもセンスが受け入れがたい人も沢山いましたし、毎月10万ぐらいのバイト代をすべて洋服代に投資する人もいました。

さすがに僕はそこまでできませんでしたが、毎日私服での登校なので着る服には気を使っていました。

 

また、高校を卒業してからですとちょっと悪い方向に進んでしまいますね。

ギャンブルや喫煙、お酒など。麻雀はさすがに覚えられませんでしたが、大体このあたりを網羅していないといけないいぐらいの環境だったと思います。

 

大学生なんかはもっとすごいんでしょうね、専門学校だと、授業日数が固定で決まっており、一日6限まであり、高校と変わらないような毎日を過ごしていました。

 

また、この時から車やバイクに興味を持ち始めました。

バイクは原付でしたが、自宅から駅まではバイクで行き、そこから学校まで電車で行くというルートでした。

 

バイクはバリバリ伝説、車はイニシャルDと、しげの先生に育ててもらったような気分ですw

 

その後

美容室に務めましたが、人間関係や仕事にうんざりしてわずか2か月ほどで美容系を卒業しました。専門学校に通わせてくれたのに両親には大変申し訳ないことをしたと思っています。

 

その後1か月ニート兼ハロワ通いをしていたんですが、ハロワに行く金がなくなり、ゲームセンターでバイトをしました。

同じ年齢層のスタッフばかりで、楽しい雰囲気も最高で、時給さえよければずっとこのまま楽しく過ごしていたいと思ったこともありましたが、親に心配をかけるわけにはいかないと思い、4か月で正社員の仕事が決まったことにより退社をしました。

 

それから、8年間サラリーマンをやっています。

思えばサクッと辞めてしまった美容に比べるとすごく長く務めることができたなと感じています。

 

過去にハロワのじいちゃんに「石の上にも三年。これを耐えたら次を考えなさい」と言われたことをちゃんと守れました。

今の時代にそんな言葉…って思うかもしれませんが、一度決めたことを一定の期間頑張りなさいということだと思って頑張りました。結果的にやっててよかったなと感じています。

 

ですが、将来を考えると、このままずっとこの会社でいいのだろうか。

転職をしたところで自分に企業価値があるのだろうか。

もし、なかったらここまで頑張ってきた期間はなんだったんだろうか。

と色々考えました。

 

もちろん、今の会社で企業価値を高めることは別な会社でも役立つことはたくさんあると思いますが、会社では学べない、一個人として稼ぐという力は自分の思ったことをやり通すしか叶わないなと思い、こうやってブログをやっています。

急に話が飛んじゃいましたが、会社に食わしてもらうんじゃなくて自分の力で食っていきたいと考えています。

 

こうやってブログを書くことでブログのカスタマイズであったり、自分の力で調べて作っていることや、文章にしているというのはただ楽しいというより構築されていく感じがとても好きです。

 

専門的な内容があまりない雑記ブログですが、このブログでどんどん読んでくれる人を増やして、将来的にはブログで収益を稼ぎ、副業となり、副業が本業を超える日を目指して頑張っていきます。

 

難しい夢かもしれませんが、僕の目標は在宅ワーク、ブロガーなので。

強く念じ、これからも活動していきます。

 

以上、たーきーの経歴でした!